小さな会社の労務BCP|「止めてはいけない業務」と年間スケジュール

小さな会社の労務BCP|「止めてはいけない業務」と年間スケジュール 労務トラブル・実務対応

労務の担当者が、明日急に休んだら

「社会保険の手続きは、〇〇さんに任せている」「給与の振込は、〇〇さんしかやり方を知らない」。
小さな会社では、労務の仕事を特定の1人が担っていることが少なくありません。
人数が限られている以上、それ自体は自然なことです。

ただ、その人が急に入院したら。
地震で事務所に入れなくなったら。
何から手を付けるか、決まっているでしょうか。

この記事では、すべてをマニュアル化するのではなく、「止まると困るところだけ」を押さえる考え方を、労務の年間スケジュールとあわせて整理します。

全部をマニュアル化しなくてよい理由

私が以前勤めていた会社では、すべての業務にメイン担当とサブ担当を付け、手順をマニュアルにまとめる社内ルールがありました。
考え方としては正しいのですが、実際にはイレギュラーな対応が多く、マニュアルどおりに運用できていたかというと、疑問が残ります。
正確に言うと、マニュアル更新の時間がそもそもなかった、という状態でした。
作成や更新にかかる手間に対して、効果が見合っていないと感じることもありました。

人数の限られた会社で、すべての業務を「誰でもできる」状態にするのは現実的ではありません。
目指したいのは、「担当者がいなくても、最低限これだけは回る」状態です。

これは、BCP(事業継続計画)の考え方と同じです。
中小企業庁は、BCPを、緊急事態に遭遇したときに「中核となる事業の継続あるいは早期復旧を可能とするため」の計画と説明しています。
すべてを守るのではなく、優先して続ける業務を決めておき、それ以外は後回しにする、という発想です。

まず、労務の年間スケジュールを知る

優先順位を決める前に、労務にどのような業務があるかを確認しておきましょう。
主なものは次のとおりです。

時期主な業務期限の目安
毎月給与の計算・支払い就業規則等で定めた支払日
社会保険料の納付翌月末日
4月・健康保険料率の確認
・雇用保険料率の確認
(変更がある年度)
4月分の給与から
(会社により前後する)
6〜7月労働保険の年度更新6月1日〜7月10日
7月算定基礎届7月1日〜10日
9〜10月・新しい標準報酬月額の反映
・最低賃金の改定への対応
改定のタイミングによる
賞与の支給時賞与支払届支給日から5日以内
随時・入退社の手続き
(資格取得届・喪失届)
・出産・育児休業の手続き
・労災などの手続き
手続きごとに異なる

このほか、源泉所得税や住民税の納付、年末調整などの税務もありますが、これらは税理士と連携して進める業務です。

算定基礎届と9月の保険料の切り替わりについては社会保険料はなぜ9月に変わる?、毎月の給与計算の流れについては給与計算の流れで詳しく解説しています。

止まったとき、どこまで待てるか

これらの業務は、止まったときの影響の大きさが違います。ここでは3つに分けて考えます。

A:止めてはいけない|従業員の給与

最優先は、従業員の給与です。

賃金は、毎月1回以上、一定の期日を定めて、全額を支払う必要があります(労働基準法第24条)。
労働基準法には、担当者の不在や災害を理由に、支払いを先延ばしにしてよいという規定はありません。

むしろ、災害などの非常の場合に従業員から請求があれば、支払期日の前であっても、すでに働いた分の賃金を支払う必要があるとされています(非常時払、同法第25条)。

こうした法律上の義務があるだけでなく、従業員にとって、給与は生活そのものです。
災害時こそ、給与が予定どおり支払われるかどうかが、会社への信頼に直結します。

B:期限はあるが、非常時には延長や猶予の仕組みがある|保険料の納付、年度更新

社会保険料の納付や、労働保険の年度更新にも期限があります。
ただ、大規模な災害や感染症の流行のときには、期限の延長や納付の猶予がとられた例があります。

  1. 新型コロナウイルス感染症:令和2年度の労働保険の年度更新は、申告・納付の期限が7月10日から8月31日に延長されました。また、売上が大きく減少した事業所について、厚生年金保険料等の納付を1年間猶予する特例が設けられました。
  2. 令和6年能登半島地震:被災地域の事業所について、厚生年金保険料等の納期限が延長されました。延長後の期限は、地域によって令和6年7月31日から令和7年10月31日までと分かれています。

平時でも、納付が困難な場合には、「換価の猶予」「納付の猶予」の制度(労働保険、厚生年金)があります。

ただし、これらはその時々の特例や、申請を前提とした制度です。
今後同じ措置がとられるとは限らず、自動的に遅れてよいわけではありません。
期限に間に合いそうにないときは、期限の前に年金事務所や労働局に相談することが大切です。

C:後から手続きはできるが、従業員に影響が出る|入退社の手続き

入社したときの資格取得届は、健康保険・厚生年金保険は事実発生から5日以内、雇用保険は入社した月の翌月10日までに提出することになっています。

届出が遅れても、さかのぼって手続きをすること自体はできます。
ただし、その間は従業員の医療機関での資格確認に支障が出たり、さかのぼって保険料を納めることになったりします。
退職時の離職票が遅れれば、従業員の失業給付の手続きも遅れます。

また、これらの届出には罰則の規定もあり、「遅れても構わない」ものではありません。
BやCの業務は、「後回しにできる順番」であって、「やらなくてよい」業務ではない点にご注意ください。

最低限、書面にしておきたい3つ

優先順位が分かれば、準備しておくものも絞り込めます。
全部をマニュアルにしなくても、次の3つがあれば、担当者がいないときの初動はずいぶん変わります。

  1. 給与の振込手順(最優先) 振込データの作り方、ネットバンキングの操作手順、承認の流れを書面にし、担当者だけでなく社長も振り込めるようにしておきます。パスワードを紙に書いて共有するのではなく、社長にも操作・承認の権限を付けておく形が安全です。
  2. 連絡先と置き場所の一覧 顧問の社労士・税理士、年金事務所、労働局、取引銀行の連絡先と、賃金台帳や労働者名簿などの書類・データの置き場所をまとめておきます。
  3. 年間スケジュール(1枚) 上の表を自社用にアレンジして、1枚にまとめておきます。

この3つ以外は、無理にマニュアル化しなくても構いません。

「紙」と「電子」、両方で備える

備えを考えるとき、「紙」と「電子」のどちらかに頼るのではなく、両方を並べて持っておくことをおすすめします。

電子の強みは、場所を選ばないことです。クラウドの勤怠管理や給与計算のシステムなら、事務所に入れなくても、自宅などから作業できます。社会保険や雇用保険の届出は電子申請もできるので、年金事務所やハローワークの窓口に行けなくても手続きを進められます。

紙の強みは、電気やインターネットが使えなくても見られることです。停電や通信障害のときには、電子のデータは取り出せません。上の「書面にしておきたい3つ」は、印刷して保管しておくと安心です。

前述の会社では、BCPに関する書類は定期的に最新の内容にして紙に印刷、管理職(責任者)の机に保管するというマニュアルがありました。これを怠ると、処分の対象になる社内規定まで設けられていました。

可能であれば、口座振込そのものができない場合も想定しておきましょう。
賃金は、本来は通貨で直接支払うのが原則で、口座振込は従業員の同意を得て行う方法です(労働基準法第24条、同法施行規則第7条の2)。
振込ができないときに、現金で支払う手段(現金の確保、受け渡しの記録)も考えておくと、いざというときに慌てずに済みます。

なお、紙で保管する一覧には、従業員の個人情報が含まれます。
保管する場所と、取り扱う人を決めておきましょう。

外部の力を「保険」として使う

社内だけで備えるのが難しい場合は、外部の力を借りるのも一つの方法です。

社労士に手続きや給与計算を委託したり、計算結果のチェックだけを依頼したりすれば、期限の管理の一部を社外に持つことができます。
また、電子申請やクラウドのシステムを使えば、手続きの記録が担当者の記憶ではなく、データとして残ります。

当事務所では、オフィスステーションをはじめ各種のシステムに対応しています。
年間スケジュールや給与振込の手順書づくり、勤怠管理の見直しなど、紙と電子のどちらで、どう備えるかを一緒に整えるお手伝いをしています。

まとめ

労務のすべてを、誰でもできる状態にする必要はありません。
大切なのは、止まったときに「何を優先し、何を後回しにできるか」を、あらかじめ決めておくことです。

その中でも、止めてはいけないのは従業員の給与です。
まずは、給与の振込手順を、社長も分かる形にしておくところから始めてみてはいかがでしょうか。

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本記事は執筆時点(令和8年度)の法令・公表資料に基づく情報です。災害時等の期限の延長・猶予の措置は、その時々の状況により異なります。制度の詳細・運用は今後の法改正等により変更される可能性があります。